Jmailを作った頃
Jmailは、明るい夢として始まりました。けれど、その背景は明るいだけではありませんでした。
Jmailは、成功の余裕から生まれたサービスではありません。 それは、最初の日本インターネット事業が厳しい局面を迎えたあとに生まれました。 事業が傷つき、現金がなくなり、人が離れ、未来が見えにくくなった時に、 それでも何かを作ろうとして生まれたサービスでした。
残っていたもののひとつが、.co.jp ドメインでした。 japan.co.jp、hollywood.co.jp、yokozuna.co.jp、california.co.jp。 それぞれのドメインには、言葉としての力がありました。 ただの技術的な住所ではなく、選ぶ楽しさがありました。
それを無料メールに使えば、利用者が自分らしいメールアドレスを持てる。 ただの受信箱ではなく、少しだけ自分を表す住所を持てる。 その発想がJmailでした。
Jmailは、メールアドレスを「選べるもの」にしたかったのです。
その発想には、今でも誇りがあります。 けれど、その誇りだけを語るわけにはいきません。 サービスを作ることと、最後まで守ることは違います。 私たちは、その違いを十分に理解できていませんでした。