メールアドレスが、
まだ自分らしさを
選べた時代。

Jmailは、無料のウェブメールサービスでした。 しかし、それだけではありません。 Jmailは、日本の初期インターネットにおいて、 メールアドレスそのものを「自分を表す場所」にしようとした実験でした。

ひとつのメールサービスに、たくさんの .co.jp ドメイン。 そこから自分に合う住所を選ぶ。 その小さな選択に、当時のインターネットの夢がありました。

Jmailは、無料で使えるバイリンガル・ウェブメールでした。

1990年代後半、インターネットはまだ特別な場所でした。 家庭のパソコンでダイヤルアップ接続をし、ブラウザを開き、 メールを読むという行為そのものに、少し未来の匂いがありました。

その時代に生まれたJmailは、無料で使えるウェブメールサービスでした。 ブラウザからメールを読み、送ることができる。 日本語と英語に対応する。 そして、利用者が自分のメールアドレスを選ぶことができる。

今では当たり前に見えることも、当時は簡単ではありませんでした。 日本語の文字化け、サーバーの負荷、接続環境の不安定さ、 広告モデルの未成熟、利用者の急増。 Jmailは、そうした未完成のインターネットの上に作られました。

Jmailは、完成された時代のサービスではありません。
未完成の時代に、夢を先に置いたサービスでした。

特徴 01

無料で使える

Jmailは、誰でも使える無料メールサービスとして作られました。 当時、個人が自分専用のメールアドレスを持つことには、今よりずっと大きな意味がありました。

特徴 02

日本語に対応

日本語メールには、文字化けという大きな壁がありました。 日本語が正しく読めること、送れること、壊れないことは、重要な挑戦でした。

特徴 03

ドメインを選べる

Jmailの最大の個性は、多数の .co.jp ドメインからメールアドレスを選べることでした。 それは、メールアドレスを自己表現に変える試みでした。

当時のメールアドレスには、いまよりも濃い「自分」がありました。

現在、メールアドレスは多くの場合、単なる認証情報です。 仕事用、個人用、買い物用、ログイン用。 便利ではありますが、そこに特別な感情を持つ人は少なくなりました。

しかし、インターネット初期のメールアドレスは違いました。 はじめて自分で選ぶオンライン上の名前。 誰かに教えるときに少し照れる文字列。 名刺に書くと、少し未来を持っているように見える記号。

Jmailは、その感覚を大切にしていました。 利用者は、単に「ユーザー名」を決めるだけではありませんでした。 どのドメインを選ぶかによって、自分の雰囲気や好みや冗談を表すことができました。

たとえば、映画が好きなら hollywood.co.jp。 相撲が好きなら yokozuna.co.jp。 日本らしさを持ちたいなら japan.co.jp。 西海岸の自由な響きが好きなら california.co.jp。

それは、ソーシャルメディアのプロフィールが一般化する前の、 小さな自己表現でした。

@jmail.co.jp @japan.co.jp @hollywood.co.jp @yokozuna.co.jp @california.co.jp @website.co.jp @cyberspace.co.jp @venture.co.jp @eigo.co.jp @nihongo.co.jp

たとえば

メールアドレスが名刺になった。

当時、メールアドレスは「持っているだけで新しい」ものでした。 さらに、そのアドレスが面白いドメインだったなら、 それだけで会話が生まれました。

たとえば

メールアドレスが小さな遊びになった。

どのドメインを選ぶか。 どんなユーザー名にするか。 その組み合わせには、利用者のセンスや冗談や憧れが入っていました。

Jmailには、日本語メールという現実の難しさがありました。

日本のインターネット初期において、日本語を正しく扱うことは簡単ではありませんでした。 文字コード、メールソフト、ブラウザ、サーバー、利用者の環境。 どこかが合わなければ、文字は化けました。

文字化けは、単なる表示の問題ではありません。 日本語で書いた言葉が、読めない記号に変わってしまう。 それは、メールサービスにとって致命的でした。

Jmailがバイリンガルのメールサービスとして機能するためには、 日本語を守る必要がありました。 それは、英語圏のサービスをそのまま持ってくるだけでは済まない、 日本のインターネットならではの課題でした。

日本語が読めなければ、日本のメールサービスではありませんでした。

技術

文字化けとの戦い

日本語メールを扱うには、文字コードの問題を避けて通れませんでした。 送った言葉が読める形で届くことは、信頼の基本でした。

運用

増える利用者

無料サービスは、利用者が増えるほどサーバーにも運営にも負荷がかかります。 成長は喜びであると同時に、責任の増加でもありました。

責任

守り続ける難しさ

サービスは作るだけでは足りません。 利用者が日常を預ける場所になった瞬間から、守り続ける責任が生まれます。

Jmailは、夢のあるサービスでした。だからこそ、責任も大きかった。

Jmailには、若いインターネットらしい大胆さがありました。 たくさんのドメイン。 無料メール。 日本語と英語。 ユーザーが自分の住所を選べる楽しさ。

しかし、サービスの魅力と、サービスを最後まで守る力は別のものです。 Jmailは多くの方に使っていただきました。 そのことは誇りです。 同時に、その信頼を最後まで守りきれなかったことは、消えない責任です。

だから、このサイトでは、Jmailをただ美談として語りません。 懐かしさだけにも閉じ込めません。

Jmailは、面白かった。 Jmailは、早かった。 Jmailは、たくさんの方に使っていただいた。 そしてJmailは、最後まで守りきれなかった。

そのすべてを、同じ場所に置きます。

この背景にある本

Jmailの誕生は、『Japan.co.jp — Hardhat Required』に記録されています。

本の第16章は、「The Jmail Phoenix」です。 Jmailが、なぜフェニックスとして生まれたのか。 どのように無料メールサービスとして立ち上がったのか。 その背景には、日本の初期インターネット事業の成功、失敗、再起の物語があります。

Jmail.co.jpは、その物語を誇るためだけの場所ではありません。 利用者の皆さまへの謝罪を最初に置き、そのうえで歴史を記録する場所です。

起業の物語を読む
Bradley Lawrence Bartz 著『Japan.co.jp — Hardhat Required』表紙

謝罪

ごめんなさい

Jmailを使ってくださった皆さまへの謝罪文です。

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歴史

Jmail Phoenix

Jmailが生まれた背景と、その後の歩みを記録します。

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質問

よくある質問

旧アカウント、メール復元、現在のJmail.co.jpについて説明します。

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